古の伝統を今に伝える 時代 室町時代 【兜】 ●鉢 総覆輪総檜垣入り二拾八間黒塗り 阿古蛇なり兜 ●シコロ 本小札色々威し三段傘シコロ 【鎧】 ●胴 本小札色々威し腹巻鎧 ●袖 本小札色々威し七段大袖 ●草摺 本小札色々威し七間五段 【小具足】 ●篭手 黒塗り三枚筒篭手 ●臑 黒塗り三枚中立挙筒臑 ●佩楯 本小札色々威し 「毛利元就」着用鎧写し 【飾った時のサイズ】 ●高さ 約165cm ●横巾 約70cm ●奥行 約50cm ※横巾に関しましては佩楯の巾で15cm程度変動が可能です。
【収納時のサイズ】 ●高さ 約57cm ●横巾 約69cm ●奥行 約54cm ※収納時には郵送時のダンボールにて保管してください。
>サイズオーバーの為ヤマト運輸発送不可 伝統工芸指定 五月人形 鎧飾侍´s ARMOR & ARMS MARUTAKE Co LTD 鎧飾り 鎧平飾り 【毛利元就家訓より】 【毛利元就】 明応6(1497)年〜元亀2(1571)年 ■山陰の尼子氏と山口の大内氏の大々名に挟まれた、中国中央部の小豪族だった。
功治1(1555)年に大内氏を滅ぼした陶晴賢を厳島に破り、永禄(1566)年には尼子氏を 降伏させ、中国を手中に入れた戦国大名。
■室町後期を代表する伝統の腹巻鎧 守護大名にとって代わった、戦国初期の戦国大名に見られる、伝統的な正統派の 甲冑で、腹巻は胴丸に比べ、更に騎馬戦より、歩行戦、海戦を意識した 【鎧は腰で着る】の言葉が歌われ出した頃の典型的な甲冑と言える、又兜は、総覆輪、檜垣を入れた阿古陀に三鍬型の前立、本小札、色々威しと、【島津貴久 奉納鎧】同様、 当時の守護大名の流れを組む、守護職以上の武士のみ、まとう事の許された最高の甲冑のスタイルである。
■←左写真の背板(背中の部分)の解説 胴を後ろで合わせる 腹巻鎧の大袖を固定させる為に生まれた背中への総角(あ げまき(背総))を 付けた板で、 同時に、背中合わせの隙間を背後の攻撃から防ぐ機能を持つ事から 当時『武士に背後の備え必要なし』の心意気を表し【臆病板】とも呼ばれる。
■時代劇などで、役者さんが着用して激しい撮影にも耐え得る為の甲冑を製作し、 博物館/資料館などからも、当時の甲冑の複製の依頼を受ける、 伝統工芸指定の甲冑工房が手がける【光忍】の甲冑は 本来、人がまとい、戦った、甲冑の持つ【機能美】さえも忘れる事無く再現しております。
着る為に作られた甲冑の持つバランスの美しさを、どうぞ、ご覧あれ。
等身大着用サイズ